いよいよ録音の日が来ました。コンサートは、その瞬間がすべてだとすると、CD録音は研究しきったうえで後に残る記録で、耳だけに集中して、納得がいくまで弾くという違う作業で、音楽と一対一になります。
 まず前日に入り、ピアノ選びをして、初日はマイクのセッティングでエンジニアの方が忙しそうに走りまわっていて、調律師の方はピアノを最高の状態に持っていこうと一生懸命です。皆が満足する音がスピーカーから聞こえてくるようになったらやっとレコーディング開始。
 ただ何回も弾くだけではなく、私は何テイクか弾いたら、ディレクターが聴いている部屋に行き、一緒にプレイバックを聴きます。自分で弾くときに聞こえる音と、後で録音として聞こえる音はだいぶ違うもので、「え、そんな風に弾いていたっけ」と驚くこともしばしばです。音響にもだんだん慣れてきます。
 今回の録音は「ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ集 第3巻」。何回も何回も弾いていると、消耗してしまってかえって前のテイクの方がよかったり、最後の1回が会心の一撃だったりいろいろです。とにかくすごく集中するので、ベートーヴェンと改めて真剣に向き合えるチャンスでもあります。
 また、ベートーヴェンの曲は本当に難しいと再認識しました。特に、オーケストラのような響きをピアノに求めているような曲は、録音だと特に、響きに神経を使います。
 今まで録音ではいろいろなことが勉強になりました。自分の音色、ホールの音響やピアノにどう合わせるか、どういうときにいい演奏ができるか、さまざまなことが見えてきます。
 でも、今まで考えてきた演奏方法など細かいことに気がとらわれてただ音符が頭に浮かんでいたりするといい演奏ができなく、自分の想像の世界や思い、音そのものの空間に集中しているときが一番思っているとおりに弾けました。
 録音でもライヴのような雰囲気を出そうと、その状況に自分を持っていこうとします。お客さまがいることを考えて、その人たちのために弾こうと思うと、違う力が湧き出てくるのです。
 現場のスタッフに支えられ、今回のレコーディングも気持ちよく終えることができました。スタッフと私の気持ちとエネルギーのこもったCDをひとりでも多くの方に聴いて、楽しんでいただきたいと心から願っています。