「もの」との思い出は常に心の中に 2018/1

昨年は年末に久しぶりに大掃除をしました。CDやDVD、本や楽譜など、小さいときからずっと集めているものが溜(た)まって、図書館が開けそうです。

   今年はできるだけ手放さなくてはと、かなり頑張ったのですが、初めて買ったオペラのCD、落ち込んでいたときに教訓を得た本など、思い出が詰まっていて捨てられないものもたくさんあります。

   何かひとつのことにはまると、とことん追求したくなります。たとえば映画だと、英の名監督、アルフレッド・ヒチコックの六十数本ある監督作品は、無声映画、イギリスでの作品を初めハリウッドでの名作、そして晩年のものまで大半を集めました。

   好きな俳優や作曲家の映画もすべて見たいので、廃盤になっているテレビ映画などレア物まで死に物狂いで探します。そんなことをやっているときりがなくて、物もどんどん溜まっていくわけです。

   中には最近全く触っていなかったものもあります。思春期に米宇宙SFドラマの古典「スタートレック」が大好きで、自分の部屋には、この作品で大活躍する「U.S.S.エンタープライズ」のポスターを貼っていました。

本棚を調べると、この作品に出てくるクリンゴン語をドイツ語に翻訳した辞書や、各宇宙人を紹介する写真集などがありまして、今後本当に必要かはかなり疑問ですが、もう一度テレビシリーズを見直したときのために、ついとっておきたくなります。

   さて、最近は全部デジタル化され、本も映画も音楽もネット上からダウンロードできるようになりました。便利な世の中です。

   でも、古い本の匂い、ぼろぼろになった楽譜の中の書き込み、何回も聴いたCDと濃い説明の書かれているブックレット…手にとってみて頭に音楽が流れたり、ぬくもりを感じることは私にとって大切です。

   でも、たとえ、ものを手放したとしても、そのものとの思い出は常に心に刻まれていると思うと、安心できるような気がしました。