音と人が繋がった五重奏ツアー 2017/7

日本語の「音楽」という漢字はよくできていると思います。私たち音楽家の多くは、散歩をしていても、料理をしていても、風の音を聞いても音楽が頭のどこかでいつも鳴っています。それは常に「音」を「楽」しんでいることになるのかもしれません。

   私たちは何らかの形で幼少時に音楽と出会い、そこでこの上ない情熱が生まれ、それを職業としています。楽譜に何百年も前に記された音符を一つずつ解いていく作業はたやすいものではなく、音楽に命をかける覚悟のような強い愛情があるからこそ続けられるのだと思います。90歳の巨匠にさえ、「満足」という言葉はないと聞いたことがあります。

   先日、五重奏のツアーをしましたが、強い情熱を持つ音楽仲間が世界各地から集結しました。それぞれの経験がもたらすたくさんの引き出しが開かれ、個性と意見の交換が色とりどりの花を咲かせるとても楽しいひとときでした。5公演あっても、次の公演に向けて毎回新鮮なアプローチで曲に接し、新しいアイデアが常に浮かぶのは、止むことのない作品への愛からだと思います。

   また、音楽という枠を超え、人間の繋(つな)がりというのは面白いものです。ツアーの終盤、打ち解けて、親しくなった私たちは沖縄での打ち上げでハブ酒を飲みながら、楽しい話に花を咲かせました。

公演中に感じる、音楽の対話が醸し出す作品のたまらない箇所が浮かんできて、酒に限らず音楽にも酔い、とてもぜいたくなツアーをしていることに気づきました。

   もう一つ気づいたことがあります。コンサートでリハーサルとはちょっと違う弾き方をしても、よく聴いていれば皆繋がります。個性の強い音楽家が集まっても、一緒に音を楽しみ、お互いを聴くことによって、音楽は一つになる。人間は互いを思いやり、尊重することによって共存し、仲良くできるのでは…と感じたのです。