旋律と溶け合い魂を永遠へ導く「水」 2017/2

プログラムを考えるとき、歴史や時代、国の文化などとの関連性を考えて作りますが、2月4日のびわ湖ホールでの公演では後半を「水」という元素をテーマにしてみました。

   「水」は、印象派をはじめ、たくさんの作曲家の想像力を掻(か)き立て、作品も数多いですが、その世界は奥深く、絵画的想像を超越しています。水というものはすべての人間が生きていくために必要としているものであり、大切にすべき自然の一部だと思います。

   まず最初に弾いた武満徹の「雨の樹素描」は、大江健三郎の小説「頭のいい『雨の木』」からインスピレーションを受けた作品ですが、びっしりついた葉に雨の滴をためている巨大な樹の奥には、その樹が見てきたたくさんの過去や人間の心の持つ深い秘密が神秘的な音楽に漂っています。

   次にリストの「エステ荘の噴水」という作品を弾きました。ときには美しく滴り、ときには激しく流れる水の様子がそのまま音楽によって再現されていますが、その中間部に聖書ヨハネの福音書より「わたしが与える水は、その人の内で泉となって、永遠の命へとわき出るのである」という言葉が書かれています。

水が魂となり、渦を巻くように湧き出るようなクライマックスの泉の後には、穏やかな水の流れと共に儚(はかな)い命の美しさを感じます。

   そして、リストのバラード2番は、うねるような激しい波と共にギリシャ神話「ヘロとレアンドロス」の伝説が伝えられ、続けて最後にワーグナーのオペラ「トリスタンとイゾルデ」より最後の曲「イゾルデの愛の死」を演奏しました。命を落とした愛するトリスタンに身も心もささげ、死に至るイゾルデは、官能的な愛のさざなみや大波に包まれ、悦(よろこ)びへと向かっていきます。

   水は音楽と溶け合い、人間の心の奥深いところまで流れていく見えないもの。音楽の流れも、水の流れも、時と共に魂を永遠へと導いているのかもしれません。