無限に広がる言葉と音楽のコラボ

窓から梅雨のジメジメした空気が入ってくる中、山積みになった本に囲まれた私は、ふと思いました。音楽はあるメッセージを抽象的に伝えていますが、活字から直接的に伝わってくるものとは違い、非直接的だからこそ、受け取る側に自分の考えをめぐらせる自由を与えてくれるのでは…と。

 でも、活字と音楽が一緒になったときはどうなるのでしょうか。

 言葉と音楽に関しては前から興味があり、大学の卒業論文も20世紀の作曲家、ディストラーの「コラール受難曲」の言葉一つ一つを分析していきました。言葉のリズムが音楽のリズムになり、言葉の意味が音楽によって明確になる。言葉と音楽の「助け合い」に、ほかにはない魅力を感じました。

 言葉が重なり合い、詩になると、その詩の語る場面や絵が音楽となります。例えば、フーゴ・ヴォルフのゲーテやメーリケの詩に基づく歌曲は、馬が火の中を駆け巡るシーンがそのまま音になったり、さまよう孤独な足跡がそのまま伝わったりしてくるのです。その上、人間の精神状態や感情が音楽からにじみ出てきてすっかり聴き手をその世界に引き込みます。詩と音楽は「助け合う」ことを超え、一体化されるのです。

言葉がもっともっと増え、物語になると、音楽によって語られることができます。オペラのように歌詞で直接、人々が語り合うものもあれば、楽曲のメロディー、ハーモニーやリズムだけで物語を想像することもあります。人々が知り合い、深い感情を抱き、そして、それぞれの運命の行方に引きずられるさまが音楽によって、より生き生きと表現されることに私はよく、深い感動を覚えます。そして、作品のメッセージは音楽が加わることによって、より力を増すのです。

 言葉と音楽のコラボレーションはこれからどんな作品をもたらすのかについて考えていたら、目の前の活字から音符が窓の外に向かって飛んでいくような気がしてきました。