次の旅が始まる…最後のテーマ

3月末、4年半にわたって大阪と東京で開催してきたベートーベン・ピアノ・ソナタ全曲演奏会が最終回を迎えました。ずっと大事にしてきたプロジェクトが終わる…。達成できたという喜びと同時に、終わってしまうのか、という寂しい思いが混ざって不思議な気持ちがしました。

 プログラムはベートーベンの最後の3つのソナタ。初期のソナタは自分の年齢にも重ね合わせることができた一方、晩年のソナタになってくると、自分の想像を限界まで広げなくてはなりません。今まで29曲のソナタで学んだことから見えるもの、今の自分だからこそ表せるものを正直に出すしかないと思いました。

 神様のような存在だったベートーベンもいつの間にか近い存在になった気がします。天才的でも、芯(しん)は人間的で、たくさんの葛藤(かっとう)や苦しみを乗り越え、一生懸命生きたベートーベンの意思は、楽譜に書いてある音符一つ一つから見えてきます。そのメッセージが人々の心に伝わることは、音楽の原点のように感じられるのです。

公演が終わるまで、毎日その音楽と向き合っていると、「このハーモニーたまらない」とか、「ここのクライマックスに行くところ、何て素晴らしい音楽だろう」などと思い、難しさの中に曲を弾くことができるうれしさも感じました。

 そして、いよいよ演奏会。ホールいっぱいのお客さまに温かく迎えられたとき、今までの思い出がよみがえり、胸がいっぱいになりました。少しずつ増えてきたお客さま、弾いていて気持ちの良いホールの音響、そして32の傑作。緊張感もどこかへ飛んでいき、この音楽を、そのまま大切に届ければいいんだと思いました。

 弾き終えると、今までとは違う達成感がわきました。これで終わり、という気はしませんでした。私にとって、32番のソナタの最後に、もう1度出てくるテーマは「復活」のように感じられるのですが、ここで新たなドアを開け、次の旅が始まる…。そんな空気が漂っていました。