小菅優、藤倉大、杉田元一
対談 (3)

「アリとキリギリスのアリみたいに

 

杉田:CDはコンサートの代替物ではありませんから。

 

藤倉:そうですよ、全然違う。やはり、こういうコロナウィルス禍による非常時、何週間も監禁状態が続いてて、有名な演奏家たちが自撮り動画を配信して、その質が落ちまくってる中で(笑)、こうしてアリとキリギリスのアリみたいに、じっくり録音してアルバムを作ってきてそれがこうして今聴けるっていうのは、嬉しいことでもありますね。優さんのアルバムって、え? 普通のうまいピアニストのアルバムなんじゃないの?って思ってた人も多いかもしれませんけど、すでに持っていらっしゃる方でももう一度じっくり聞いてみてください。こういう音像には簡単にはなりませんからね。しかも録音においては悪夢とも言えるピアノという楽器では。

 

杉田:悪夢とまで言いますか(笑)。

 

藤倉:もうレゾナンスの楽器はやめてほしいです。編集がすごい大変なので。僕みたいにテイクが多く取れたり、スタジオで録ったりできない人は大変なんですよ。

 

杉田:それでも演奏家は無理を言ってくるでしょうし(笑)。

 

藤倉:そうそうそうそうそうそう(無限に繰り返す)

 

小菅:無理を言うのが演奏家の仕事ですから(笑)。

 

藤倉:優さんはいいんですよ、だってすごい環境で録音してるんだから! そんな人いないんじゃないかな、今の時代。僕なんて、くっそーと思いながらいろいろ直して……だって上手く弾けてるテイクないじゃん!っていう状態で……それで苦労して手直しして送って、「ほら、いいテイクがあってよかった、それでお願い!」とか答えがくるわけ(笑)。「それ今俺が作ったんだから!」っていう(笑)。

 

小菅:振り返ってみると、ベートーヴェンのソナタ録音プロジェクトはすごいチームだったなと思います。杉田さんをはじめ、エンジニアの鈴木さん、調律の倉田さん……

 

藤倉:ちょっとひと昔の感じ、豪華な時代、ですかね? 90年代くらいまでは普通だったのかもしれませんが。CDを作れば、ある程度は売れるし、買うのも当たり前、という時代。大手のレーベル以外はCDなんて作れないっていう時代。

 

杉田:そうですね。でも、実際ベートーヴェンのソナタ録音プロジェクトがスタートしたのは2011年だから、もうCDは売れなくなってきている時代だった。しかも、東日本大震災があった年だったしね。

 

藤倉:そう、それでこの録音って凄すぎです。2011年あたりっていったら、結構有名な演奏家も、車の音とか外から聞こえる教会でエンジニアひとりがマイクぽんって立てて、ほんじゃ始める?って感じのセッションでしか録れないっていう時代じゃなかったですか?

 

小菅:最初のレコーディング(20118月)のとき、毎日ガイガーカウンターみてましたもんね、杉田さん。

 

杉田:そうだったね。

 

小菅:この録音であととても印象的だったのは、調律師の倉田さんマジックでした。

 

杉田:倉田さんはマルタ・アルゲリッチさんにも気に入られていて、日本でアルゲリッチさんがやるときはいつも倉田さんが調律されてます。

 

小菅:倍音が綺麗だってみんな言いますね、倉田さんが調律すると。

 

藤倉:それにしても、静かな場所で録音できていいですね(笑)。録音中、杉田さんはブースはどこに作るんですか?

 

杉田:ブースは楽屋のひとつを使ってます。

 

藤倉:大変じゃないですか?

 

杉田:え? どうして?

 

藤倉:ステージのアーティストとはスピーカー(トークバック)で話し合って?

 

小菅:え? トークバックで話し合わない録音なんてあるんですか?

 

藤倉:僕は黒沢明方式で、録音中は絶対聞かせません。

 

杉田:それだとあとで困りません?

 

藤倉:僕の場合は、録音の後処理に数十時間かけるので、その場の録音と最終的な録音は全然違うものになることがあるんです。だからその場での処理なしの音を聴いたところで最終のものとはかけ離れてますから意味がない。

 

杉田:なるほど、それはでも藤倉さんが現在進行形の作曲家だからですよ。

 

藤倉:一回だけ、自分の作品じゃない作曲家のアルバムをプロデュースしたことがあるのですが、その時はちゃんとモニターでやりとりしたりしながらやりました。そのときはオケ曲の中でのソロを弾くリーダーがあまり上手じゃなくて……。隣の人に代わりに弾かせるわけにいきませんから、まずはソロなしで録り、次いでソロをそのリーダーで録り、お昼の休憩中にオケのなかの若い人に同じ部分を弾いてもらって入れ替えたりとかはしました。おそらく非道なやり方なんでしょうけど、いい録音のためならなんでもやるっていう僕をプロデューサーとして雇ってくれたレーベルの方は、うれしいけど怖いなとは言ってましたね(笑)。話は変わって、僕の「フルート協奏曲」のカデンツァは、本番のあと、お客がいなくなってホール回収の寸前に1回さっと弾いてもらって録音したんです。咳などが入らないように……。本番ではソリストは指揮者の左に立ちますが、僕としてはソロの音像が左に寄っているのがいやなので、その瞬間に真ん中に立ってもらって吹いてもらったり……とにかく「瞬間でさっと録る」って感じですね。どさくさに紛れて録る、というか(笑)。それから……ゲネプロで、嘘をつく。

 

杉田:嘘?

 

藤倉:大きな問題はないけど、ちょっと録っておきたい部分がある場合は、「ここもう一回だけ弾いてもらってもいいですか?」とか言ってそこの部分だけ弾いてもらったりします。ゲネプロだと、「録音セッションじゃないのになんなの?」って思う人もいますから、そう思わせないようにね(笑)。その間ステマネには「絶対動かないで」と、僕から指示が出る(笑)。最終的にはそれがすごく助かる時があります。

逆に、僕みたいな感じの録音に慣れてる人は遠隔録音でも速いですね。たとえば、「サイレンス・シーキング・ソレス」の録音では僕はスタジオにはいなくて、でもあれはスタジオ録音で――スタジオ録音ってなんて編集が楽なんでしょう!――全体通しのテイクは1回もなかったと思います。高音の部分をだだだっと録り、その後の部分を録って僕に送ってくれました。もちろんライヴで通しで何回も演奏している人たちです。

 

杉田:それはその場でスカイプかなんかでやりとりしてるんですよね?

 

藤倉:いや、僕はそこにいなくて、完全にお任せ状態です。僕のことをよく知ってる人たちなので、「もう一回ダイのために、おおげさなのも録っておこう」とか話しているのも録音に入ってます。なので、すごい数のテイクが3時間弱のセッションで入ってて、そこから僕がどんどんと選んでいく感じですかね。もちろん編集は全員の意見を聞いて進めていきます。

 

杉田:なるほど。それはユニークなやり方だけど、信頼関係あってこそですね。

 

藤倉:彼女たちは僕が通し演奏のテイクは使わないのもよく知ってるから、一回も通さなかったらしいです(笑)。彼女たちが作品を知り尽くしてるというのも大きいですね。部分部分を取り出してやってもどう演奏するかがわかってるっていうか。おおげさ用テイク、いい子ちゃんテイク……いろいろ話し声が入っているのでおもしろいですよ。

 

杉田:今を生きる作曲家の作品集というものがどうやってできてくるのかという話。とても興味深いですね。

 

藤倉:僕は曲の中でもミックスを大幅に変えるので、そのへんも録音としての捉え方がまた杉田さんたちのやりかたと違いますね。もちろんそういうやりかたをしていないアルバムも聞く側としてはとても好きなんですけど。

 

杉田:プロデューサー=作曲家/演奏家という図式とプロデューサー/作曲家/演奏家という図式の違いはおもしろいですね。

 

小菅:「彼女たちが作品を知り尽くしてると」とさっき藤倉さんはおっしゃいましたけど、でもこれは、どう演奏するわかってて、ということなので、その場のSpontaneousではないですよね。先のことをあまり考えないで通して弾いていると、急に閃いてそう弾くみたいなことがあるんです。録音に先立って演奏会で弾くのは、そういう演奏会でしかわからない閃きがあって、その閃きを後で録音で生かすためもあります。で、また録音中にもああ、こういうふうにも弾けたか! というような瞬間がある。

 

藤倉:そうですね、彼女らも生で歌った後での録音セッションでしたからそういうものも絶対あったでしょうね。あ、そうそう、これ言うの忘れてたのですが(笑)、演奏のペース、ルバートという面について僕が何も言わなかったのは優さんだけですよ、今のところ。

 

杉田:藤倉さんの録音の場合、あとでパーツを藤倉さんが自由に組み立てていくという自発性(つまり藤倉さんの)があるとは言えるね。

 

小菅:素晴らしい。作曲者がそこでまた演奏の作曲ができるってことですね。

 

藤倉:そこはある意味そうかもしれません。そして、僕が優さんに対して何も言わないということについてですが、それはたまたまなのかもしれません。生理的に優さんのしたいルバートと僕の思うルバートが一致しているからなんですね。これは相手が大物であろうがなんであろうが、僕には譲れない部分なので、気になれば僕はどんどん言います。リタルダンドのしかたから何から。ですので、いつもなら演奏の通しのペースも演奏家には任せません。ですので演奏家の方も録音では「それはそっちに任せます」っておっしゃる方が多いです。もちろん、そうは言っても最終的には演奏家に聞いてもらいますから、そこで気に入ってもらえないものはリリースしませんよ。もっとも今まで僕がやったもので納得できないから出さないでって言われたことはありませんが。

 

杉田:そこはやはり、生まれたての作品ゆえという感じがしますね。ベートーヴェンみたいに、作品の評価が定まっているものの再現とは違う。

 

藤倉:この生理的な音楽の流れの捉え方ってほんとおもしろくて、人それぞれ全然違いますからね。楽譜にもある程度までしか書けません。書きすぎると、演奏家の邪魔になってしまう……それだけはしたくない。

 

小菅:でも、大さんに言われたとしたら、絶対にそれに従うようにしています。書いてあること、細かいペダルとかすべてやるようにしたうえで、書いてないことを感じてどうしようか考えてますが……。ただ、何回も弾いてると、わざとじゃないんですけど演奏が変わってきて、書いてあることがそのままできてない(たとえばメトロノーム指示とか)ところが出てきちゃいますね。

 

藤倉:「ベートーヴェンみたいに、作品の評価が定まっているものの再現とは違う」……そうですね、ジュネーヴの後に何回か指揮者のジョナサン・ノットと長文メールのやりとりをしたのですが、作曲家が「これしかない」っていうテンポの決め方も僕は問題だと思う。たとえば――これはノットにも話しましたし、彼も賛成!と言ってましたが――ブーレーズ指揮による「ブーレーズ作品全集」とかあるじゃないですか。あれはある意味問題じゃないかな、と心配するんです、だってあれ以外のテンポや演奏は「間違い」って捉えられそうじゃないですか。音楽は、絶対の正解はあるべきではないし、その正解は当の作曲家によっても決められるべきではないんですよ。これから未来のいろんな演奏家が個人のやりかたで楽譜を「使って」演奏/表現すべきなのに、「これが答えです」っていうリファレンスみたいなのがあると逆に問題なんじゃないかな、と余計なお世話的な心配を僕はします。優さんの発言に関して言うと、そうです。優さんは真面目なので、そうなさるでしょう、僕が細かく言えばね。でもそんなことしたら、どんどんつまらなくなります。言えば言うほど、「だったらどのピアニストでもいいんですね」という演奏になります。優さんのようなポジションに立つ演奏家は当然ですけど大きな音楽を作る能力があり、それ以上の人じゃないですか。作曲家の立場でああだこうだ言い始めると、どんどん音楽が小さくなってしまい、いい音楽にならない……そこって結構重要ポイントだと思います。ときどき、優さんとは正反対で生理的にまったく違うルバート感を持つ人がいても、全体を通して、あ、こういう音楽作りをしたいんだ!っていうのがわかる場合は、あえて僕は何も言わずにそのままにするときもあります。その人としての表現で訴える部分が明確にあれば、それでいいと思います。こことそこで訴える部分が違ってくると、それは問題ですよね。

 

小菅:大さんの場合、作曲者がプロデューサーということになりますが、ベートーヴェンになると、ベートーヴェンがプロデューサーになれないから、チーム全員の思いが一致することでいい音楽ができるのではないでしょうか。そこが合わないと問題ですけど、杉田さんと私はそのへんが合うからよかったというか……

 

藤倉:そうですね。気が合うからいいものができる……でも逆に気が合わないから爆発的にいいものができるっていうこともあるでしょう。後者は健康にはよくないですけど(笑)。まあ、難しいですね、仲良し大学サークル、みたいなのではうまくいきませんからね。

 

小菅:ははは。

 

杉田:指揮者とソリスト、これは難しいですね。どちらもある意味頂点の存在ですから。

 

藤倉:ああ、それも難しいですし、お互いさっとうまくやって、さ、次の公演へ! っていうのがあるから……。指揮者がソリストをピックアップするっていうこの上下関係はよくないと思うんですよ。

 

小菅:ああでも覚えてますよ、杉田さん。月光の3楽章。

 

藤倉:今聴いてたよ、それ。

 

杉田:なんかあったっけ?

 

小菅:あの曲の録音の日はだいぶ夜遅くまでやってて、弾き詰めだから疲れてて、むきになって何回も通して……。でも最後のテイクが自分としては納得がいったものだったのに、杉田さんは前のほうが全然いいって言ったんですよ。

 

杉田:あああ、あれは手こずった……。でも結局最後のテイクをベースに途中数ヶ所テイクを差し替えて仕上げたね。

 

小菅:あのときはすごいテンションが高かったです。やっぱりなんでもそういうテンションがあったほうがおもしろいというか、今までやってきたなかでも、プロデューサーとぶつかって何度もやった曲とかのほうが、スムーズだったのよりもずっといい結果が残ってると思います。

 

杉田:プロデューサーって人によってやり方全然違うからねえ。

 

藤倉:そうでしょうね。杉田さんはどういう感じなんでしょう?

 

杉田:僕はどちらかというと穏健派なので(爆笑)。演奏家を立てますよ。

 

小菅:杉田さんはかなりアーティストを尊重してくださいます。

 

杉田:だって僕は演奏家でも作曲家でもないからね。音楽を作るのは僕ではない。その道しるべを作るだけというかね。演奏家が満足してれば、基本それがいちばんいい。

 

藤倉:それは僕も賛成ですねー。チアリーダーですから僕は。

 

小菅:そっか、で、私はスーパーハイテンション(ドラクエ9の技。仲間が数回「応援」すると、応援された方はこの「スーパーハイテンション」になって何倍もダメージを敵に与えることができる。優ちゃんと大さんはドラゴンクエストやってます)

 

藤倉:すんげえ楽しかったセッション!(って実際この奏者は3時間後に言った) その後、後処理をガンガンやって聞かせると「え?あれがこんな音色になるの?すごいじゃん!」。そしてリクエストを聞く(みなさんあまり無理難題は言ってこないです)……。ほんとうにプロデューサーの役割って名マネージャーと同じく、心理的な部分のケアですもん。だってそりゃ弾くのはアーティストで、それに対して「毛穴まで見てます」みたいな感じで「さ、弾いて下さい」ってこっちは言ってるんですから、そりゃ演奏家もハイテンションになるのはあたりまえですよ。そんな状況を後から無理難題いわれないようになごやかにしつつ、いかにクリエイティヴなムードに限られた時間で持っていくかがキーかな、と素人の僕は思いますが、いかがでしょう?

 

杉田:それが理想ですね。

 

小菅:杉田さんは、テイクの後、いつも「お疲れさん」って言ってくれることが多いので、私が「たまには違うこと言ってください」って(笑)。

 

杉田:そうだったねえ。だって問題ないんだからそれしか言うことがない(笑)。

 

小菅:ハハハ。

 

藤倉:僕なら「いや、よかったっすねー、でもまあ保険としてもう1回そこやってみよっか!」とか言いますけどね。もちろんそれは保険ではなく、実際もう1回録りたいところがあるんですけど。2音だけ弾いてくれる?なんてことも言ったりします。

 

小菅:この言い方がいいですね。取りたいって言われると、どこ?ってなって、気になると悪くなる。

 

藤倉:でしょ? あとでいろいろ言われたときに、そのテイクがなかったら…………いろいろと(笑)。

 

小菅:私は騙されてて全然かまわないと思ってます。気にしたくないから、このへんは。

 

藤倉:騙すってわけじゃなくて、全部知ったところで意味ないじゃないですか。だって演奏家は、役者みたいに舞台で演じているわけで、こっちが勝手に顕微鏡で毛穴を覗いて、ちょっとそこもう1回演奏してもらいたいなあって言ってるだけなのですから。小児科の医者の友人が患者に全部可能性言ったところで、親が心配してまた数日後くるんだろうなって思うとか言ってましたもん。

 

杉田:だから、そこが作曲家=プロデューサーならではだと思うんですよね。

 

藤倉:あ、そうですか(笑)。

 

杉田:やっぱりある種の「神」ですから。変な意味ではなく、作品を生み出した神、創造主。

 

小菅:本当にそうですよ。

 

杉田:だから細かいところまで目が行き届く。要求も高くなるわけですよ。

 

藤倉:まあ、僕は演奏家にお願いして参加してもらってる立場ですから、セッション後みんなから「ああよかった! アルバムに参加させてもらってありがとう!」って言ってもらいたいですからね。今思い出したんですが、スタジオで僕の作品を別の人がプロデュースした場合、僕は立場をわきまえ、うるさいことは言わないです。ちょっと気になったところがあったら、プロデューサーにこっそり言ったりとか、ときには奏者に直接言って、もう1回そこ録ってもらったりします。保険としてね。絶対後で助かるので……。プロデューサーの前で全員に「作曲家の人がここまちがってたって言ってるのにプロデューサーの人がOKって言った」みたいなことにならないようには気をつけます。そのへんはプロデューサーも別の部分を気にしてたのかもしれないしね。

 

杉田:プロデューサーと演奏家の関係って考えるんですよ。前も言ったけど、音楽を作ってるのは演奏家ですから。優ちゃんの方が僕より「優ちゃんの考えるベートーヴェン」を把握しているわけですから。そんな人に「今の演奏どうですか?」って言われても、咄嗟にうっかりしたことは言えません。

 

藤倉:でもそうじゃないとだめですよね。あるひとことで一気にやる気が失せるかもしれないし、その気持ちもよくわかるし。そのうえでプロデューサーは客観的に聞かないといけませんから。

 

杉田:むしろ、僕は演奏している本人がどう感じたかというひとことを待って発言したいかな。本人がそこはいちばんわかってるはずですから。もちろん演奏家は客観的にはなれないだろうけど、でもまずはそこからだと思う。僕は作曲家ではないし演奏家でもない。演奏家は作曲家の書いた楽譜を実際の音に変換するわけですけど、その段階では演奏家と作曲家の世界しかないんです。その対話において、でもベートーヴェンはもうこの世にいないですから、その世界を具体化できるのは演奏家です。もちろんプロデューサーは目の前で展開される作曲家と演奏家の対話を客観的に感じ取ろうとしていますが、ベートーヴェン先生の世界はなかなか深淵なので(笑)。

 

藤倉:なるほどなるほど。逆に僕の「サイレンス・シーキング・ソレス」なんかをI.C.E.International Contemporary Ensemble。藤倉大の作品を多く取り上げている)が取り上げるとなると、その杉田さんのおっしゃるベートーヴェンと僕の、違いの「間」になります。彼らは僕の作品を「こう弾きたい!」っていう考えが強くありますから。その演奏家が「こう弾きたい!」ていうのがあるってどの作品でも大事なことで、それがないとつまらなくなる。

 

小菅:まあ、いろいろですね、何か言われて、「こんちくしょう」って、いい演奏できることもあるし。まれにですけど(笑)。

 

藤倉:そうですね、でも「こんちくしょう」ってなるには信頼関係がないと、だめですね。

 

杉田:藤倉さんの言ってることも優ちゃんが言ってることもよくわかります。演奏家に「こんちくしょう」と思われるのってなかなか難易度高いですけどね。

 

藤倉:優さんもレコーディング・アーティストとしてのキャリアはすごく長いですし……

 

小菅:ベートーヴェンでも、書いてあること、ベートーヴェンの求めていることを再現すること、そして自分はこう弾くぞっていうこと両方のバランスが大事になってきますから。

 

藤倉:そうなんですよ、「そこで」作曲家の「先生」が邪魔するとダメなんです(作曲家の先生ってバカにして先生って言ってます)。優さんは「ベートーヴェンでも、書いてあること、ベートーヴェンの求めていることを再現すること、そして自分はこう弾くぞっていうことのバランスが大事になってきますから」っておっしゃいますが、だからプロデューサーの判断なんてものは最後でいいんですよ。

話を戻しますが、演奏はいいテイクが録音できた、でもそれは音源リリースまでの長い道のりの半分くらいです。録音物として、ものすごく音色がよく、弱音も強い音も耳をつんざくことなく、広がり、高音処理、ノイズ処理、全体のパンの音像、全体の強弱、それでいて単にぼやっとして気持ちいいって感じになっているわけではないアルバムにするというのは大変なことです。どこまでソフトウェアを使いこなせるかではなくて、そのすべての段階で芸術的判断が求められますよね。

僕は優さんに実際に会う前からベートーヴェンの録音は知っていました。その録音、アルバムは音楽も素晴らしいのはもちろん、音がすごくいい。どうやってこんな音に仕上げているんだろうという興味がずっとあったんです。ですので、今日は演奏家本人、それと録音に携わったプロデューサーとこうして録音と音楽にかかわる話をたくさんできて、とてもおもしろかったです。今、音楽の世界も大変な状況で、公演ができなくなっているという状況なわけですが、それを逆手にとって、この鼎談を読んで僕らの音楽創造の秘密の一端もなんとなくわかってもらえたのではないかと思うので()、もう一度そういうことも考えながら優ちゃんや、また僕のアルバムもじっくりきいてもらいたいなと思っています。

 

小菅:ほんとうにそうですね。私はあまり自分の演奏を聴きなおすことはないんですけど、せっかくの機会なので聴きなおしてみようかな。藤倉さんのアルバムも。

 

杉田:ふたりにはそれぞれのプレイリストを作っていただいたので上げておきますね。これでふたりの世界を垣間見てもらえたらうれしいです!

 

 

 

<本文中でも触れられている藤倉大と小菅優の作品を聴けるプレイリストはこちらから!>

・藤倉大

https://lnk.to/DaiFujikura_Playlist

 

・小菅優

https://lnk.to/YuKosuge_Playlist